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産後って、育児中って。

日々いろいろあります。

自分のことは後まわしで、ひたすら子どものために、家族のために。
わたしはいろいろがんばっている。
朝から、起きた瞬間から母として生きている。
いや寝てるときも子どもが寒くないかとか暑くないか気にしている。
夜泣きすればいっしょに起きているし。

こんなにがんばっている。
今は『わたし』を捨てて『母』一色。

わたしがやらなくてはいけないことは分かっている。
わたし以外にできないことも分かっている。
投げ出しても結局自分で後始末しなくてはいけないこともわかっている。
だから肚は座っている。
割り切っているし。
だんなさんは手伝ってくれるとこはやっているようだし、仕事が忙しいことは分かっているし。
夫が一歩ドアの外に出て行ってしまえばあとはわたしがやらなくてはいけないことも分かってるし。

ただふっと気がついたとき、
朝から顔も洗っていない自分。
立ったまま食べた朝ごはん。
昨日は夜泣きがすごくてろくに寝てない自分。(相当グロッキー)

そんな自分に悲しくなる・・。
わたしは『母』だけど母だけじゃない。
『わたし自身』の自分も大事にしたい。
でも今はそんなこと叶わないってわかっている。
わかっちゃいるけどそれに気がつくともっと悲しくなる自分がいる。

やっと終わった!と思った瞬間また別のタスクがやってくる。
別のタスクを終わらしたのにまた新たなタスクがやってくる。
いい加減いい人をしているのも疲れるっていうの。

今日わたしは何回自分の気持ちを押し殺しただろう。
なんど『グッ』と自分の感情にふたをしただろう。(おなじか)
むき出しの感情が口から飛び出すのを何回こらえただろう。
あらげそうになった声のボリュームをいくつ下げただろう。
何回やさしいママの仮面をかぶっただろう。

だけどもう限界だ。
もう我慢ならない。

すべてを投げ出したくなったとき。

そんな感情が決壊寸前になったとき。
そのあふれんばかりの気持ちの波を鎮めてくれるのは、
共感してもらえることじゃないでしょうか。

そりゃあ物理的に手伝ってくれることはうれしいことです。
うんちが背中までべたべたにつきまくったおむつをサッと替えてくれたらうれしいに決まっている。

でもそれよりも人はだれかがわたしの気持ちに共感してくれていると感じることの方が、
どれほど人を癒すか。
泣きたいときにそっとそばにいてくれる。
カチカチになった肩の上にそっとあたたかい手を当ててくれる。
ただただそばで私の気持ちをなぞって共感してくれる。

『共感力』です。
ほんとうに人を癒すのは共感力なんです。
共感されていると感じれば、その人は自分の力で立ち上がることができます。

おむつ替えるのだって、
洗濯干すのだって、
こぼした飲み物を拭くのだって、
一個一個はたいしたことないのです。
元気だったらできる。
自分が充足していたらそんなことたいしたことないのです。
こんなたいへんなわたしのことをちゃんと分かってくれる人がいるって思えば。


だんなさま。
家事や子供の世話ができるのがイクメンではないです。
共感力です。キーワードは共感力!共感力のあるイクメンになってください。
奥様が今日一日どんなことを感じていたかに思いを馳せて下さい。

ドゥーラにも共感力は大事なキーワードですね。

妊婦さん・産婦さん・育児中のお母さん。
まわりに上手に共感してもらいましょう。
これ、自分にも言っているんですがネ(^_-)-☆


産後ドゥーラ日記 | コメント(1) | トラックバック(0)
コメント
本当にそうですね。家族と、友人と共感できるといいですね。

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